コーチングのクライアントさんには
「究極の目標」を創りましょう
「最高の目的」を思い出しましょうと常々言っています。
目の前の目的はあるけど、、
直近の目標はあるけど、、
なかなか究極の目標って見つからないし創ることもできないものなんですよね。
わたしの「コーチング」は「究極の目標」を創る
見つけるお手伝いをするのが一番のコアです。
もはやそれだけが仕事なんじゃないかっていうくらい笑
話をじっくり聞いて、動作を細かく観察して
意識と行動と言葉のブレを見つけて
「それって本当にそうですか?」と問いかけていくこと
実は人って「心から望むこと」を「すでにやってる」んですよね。
同時に「今」は「すべての望み」が叶っているので
「今」に不満があるなら
「望み」を変えるしかない。
たとえば
「仕事が増えない」
「お客さんが増えない」
というのは
「仕事が増えてほしくない」
「お客さんが増えてほしくない」
と深層的には望んでいるからなんです。
忙しくなるから
自分の時間がとりにくくなるから
寝る時間が取れなくなるから
クレームが増えて嫌な気持ちになることが増えるから
いろんな理由があると思います。
言葉では「お客さんが増えてほしい」と言っているのに
深層意識では「お客さんが増えてほしくない」と思っている。
こういう時、「言葉」ではなく「意識」のほうの
望みが叶っているので
「望み通りお客さんが増えてこないん」んです。
深層意識を書き換えていく以外にないんです。
深層意識を書き換えていくにはまた
それだけでそれぞれ語っていかないといけないのですが
基本的には「身口意」を揃えていくために
それぞれのアプローチをしていくだけです。
身口意の揃え方をまた書いていこうとは思うのですが、
揃えるときの課題といいますか、問題は
外部にはなくて、自分の中にしかないんですよね。
20代にとくに多くて
抜けない人は40代になっても50代になっても抜けないのですが
「変なプライド」を捨てられずに
課題をクリアしていけない人が多いんですよね。
「完ぺきな人だと思われたい」
「カッコいい人だと思われたい」
「できる人だと思われたい」
そんなプライドはだれしもあるわけですが
そういう無駄なプライドのせいで
「人に頼れない」
「人に質問できない」
で、限界が来てしまうんですよね。
1人でやろうと思うと「動かなくなる」んです・
自分1人で考える、自分1人で何とかする。
そうすると、同じ場所でなんとかしようとしてしまうんですが
「運がいい」人になるための本質のひとつとして
「動き回る」ということがあります。
運を動かすと書いて「運動」なので笑
簡単でしょ
動き回って、移動して、人に聞いて、人にお願いしに行って
そうして人に助けてもらえるんですよね。
「変なプライド」と「究極の目標の達成」を天秤にかけた時
「変なプライド」を優先しますか?という話です。
「自分の力で成し遂げる(ようとする)」のと
「人の力を借りて成し遂げる」のって
「究極の目標」に関係あるんでしょうかね
過程を楽しむのはとっても重要ですが
過程にこだわるのって必要でしょうか。
泥だらけでブサイクでも、目標を達成してしまえばいいんじゃないでしょうか
なんて言ってもなかなかその時になると
「変なプライド」を優先してしまったりするんですよね。
もちろん、プライドだけではなくて
トラウマとか、潜在的な恐怖とか、自分を幸せにしたくない遺伝子や魂があったりもするわけですが
最近、空海さんについて学び直しているので空海さんの言葉を借りると
そういったものたちを「煩悩」と呼んでたんですよね
「行動(身)」するための煩悩を取り払い
「言葉(口)」で自分を下げたり余計なことを言ったりする自分の煩悩を取り払い
「深層心理(意)」で自分を究極の目標から遠ざける煩悩を取り払う、
そういったプロセスが重要だということですね。
今日は一人のクライアントさんが、
自力で「究極の目標」に沿った「身口意」でいた姿を見たので
うれしくて、まとめてみました。